冠子「最後の最後にまた濃いところに……」
英之「近代とは増改築を永遠に続ける家だと福田和也も書いているが、
主人が死ぬまで 38年間毎日 24時間建設工事が続けられたこの家こそが
スプ虹
の締めくくりにふさわしい」
冠子「はいはい。どういう由来の家なの?」
英之「Sarah Winchester 夫人は銃で有名な Winchester
家に嫁いできたが、若くして子供と夫を亡くしてしまった。霊媒師にすがったところ
『Winchester 銃で死んだインディアンや兵士の呪いだ。
このままではあなたの命も危ない。
西部に移住して彼らの霊を鎮魂するための家を作りなさい。
建設を続けているかぎり、呪いから逃れられるばかりか永遠の命が得られる』

と言われたとか言われなかったとか」
冠子「なんだかいかがわしい……」
英之「家族を喪った孤独を癒すための代償としての家、
とかそういう話の方がいいか」
冠子「それはそれで話がいつもの変な方向に行きそうでやだよう……」
英之「そういうわけで日本の温泉旅館の一万倍複雑な建物になっている。
巨大な屋敷だが、個々の部屋は狭くて天井も低い。
天井にぶつかって行き止まりになっている階段とか、
極端に緩やかで段が多い階段とか、逆さの柱とか、封印された部屋とか、
乱歩通俗物に出てきそうなネタもそこかしこに」
冠子「遊園地みたいだね、っていうくらいでいい?」
英之「とにかく窓が多い。開けても壁しか見えない窓とかも含めて約
1万個あるらしい。窓が一つもなかった大学の私の居室とはえらい違いだ」
冠子「実は根に持ってるのかな……」
英之「建物のツアーは $16.95 で時間も結構かかりますが、
庭から外観を見学するだけなら無料なので、
シリコンバレー出張の際はぜひお寄り下さい」
冠子「一応ちゃんとした観光名所ですので、怪しまずに行ってみて下さい
(ちょっぴり怪しいことは怪しいですけど……)」